一人で車椅子で出かけて、車椅子でバスに乗る。

こんばんは。

 

今日ね。

バス停で車椅子のおばちゃんにあったんだけども。

介助者がいないようなので話しかけてみた。

「おねえさん、どこまでいくの?」

「んとね、○○番のバス。おにいさんは?」

「あーとね。知らん。ちょっと時刻表見てくるな」

まあ俺のバスは先にくるけどその後大して待たないし。おばちゃんと話してみよう。

 

「なに、今日は暑い中どこか行ってたの?」

「あのね、手話を習いにね」

「へー?(てか、あなたしゃべれるじゃん?)なんで?」

「(意訳)状況によって時々口が聞けなくなることがあるらしい」

「ふーん。で?」

「色々教えてもらったよ。(以下略)」

 

おばちゃんの教わった手話を教えてもらいながら、バスが来た様子。

「ねえ、来たよ。どやって止めんの?」

「手を挙げるの」

 

ほう。

 

運転手さんが降りてきて、慣れた手つきでチャン付けで、、じゃなくてスロープをセッティング。

 

「押すよー」ほいほい。と。

 

なんで私、このおばちゃんのバス待ちしたかっていうと実は理由があって。

いつだかの朝、ご夫婦が旦那さんが車椅子で奥さんはいたけど時間帯ってこともあったろうけど私と歳変わらないだろう「ババア」が「早くしやがれコノヤロウ」くらいのことを聞こえよがしに言った、これを私聞いてなんちゅういい様かねとすごく気になったことがあってね。

 

直接的な理由はそれだけです。時間帯はそれと同じではなかった。だけど私にその嫌な思い出がよぎった。

 

バスに乗ったおばちゃんは運転手さんとお話をしながら他の乗客の方々も乗ってくる中

、つい先ほど教えてくれた手話の「私、あなた、好きよ」のサインを送ってくれました。っつか、私の方が先に送ったんだったか(笑)

 

実はこのトピック、書くかどうか迷ったんです。

いわゆる「いい話」をしたい訳ではないから。

 

差別って、突然単刀直入な言葉を出しますけど。

目に見える差別、目に見えない差別。なんだか判らない差別。とかなんか最近難しいなあ、って思っていて。

 

私は差別をしません、なんて言い草「私は嘘をつきません」くらい信用できない言い回しなのか、って別に意地悪で言うのではなくて差別感情って「感情」ってくらいだから理性でどうこうの話ともまた違う。

反面、「私はこれだけ差別に反対しています。どうですか?」というのも、うまくないカウンターだったりしませんかね?

 

私、「おせっかい」って言葉を思い出したんですけども。

 

おせっかいってはた迷惑なことも往々にしてあるかも知れないけど、基本的に愛に基づいてるのかも知れんなあ。とかさ。

 

高齢者でも身体障害でも精神障害?(なぜここに「?」が付くのかは私が当事者だから)でも、「余計な事はせんでくれ」って言う意識はあるのが人間の意志というものだから、「どうなの?」ってちゃんと話を出来た上で関わるしかないのかぁ?なぁ?みたいな?くらいのことしか、私にはまだ判りません。

 

とても短い十数分の出来事でしたが、私はそんなことを考えました。

 

今日のテレビはどんなかな、、、いや、見ないで寝る。

トランペットの練習で疲れたなりよ。

 

おやすみなさい。