作業を「自ら考えて出来る歓び」について。

こんばんは。

 

昨日、後半の「就職活動のスキル」みたいなことを言ってましたが、まだ時期が少し早いかなと思い先に譲ります。もっとファンダメンタルな話をしたいです。

 

突然すごい言葉から始まるようですみませんが

「生きる意味を分からない」とか「見失う」とかそういった局面すら、ある一定の精神障害の状態になるとあると言います。なんで「言います」って言い方をするかというと私自身も自分自身のコントロールが付かなかったりする局面もあるから、自分では如何ともしがたい部分という意味合いです。

 

昨日は作業→仕事→職業、あたりの繋がりの話をさせてもらったと思います。

で。

私自身はデイケア通ってまず「朝起きて施設通ってプログラムこなして帰ってくる」という、そういう生活的なリハビリから始まった訳ですね。

ここでも色々あるにはあります。

でも。

今大きく異なるところは「就労支援施設」というところは状態の程度の差こそあれ就労を目標にしてる方々が通所されているところなんですね。

 

で、私が着目かつ体感しているのがその作業ということなんです。

 

昨日さんざん説明したつもりもありますのである程度端折りますが、職業に貴賎なし、して多くの仕事は地味な作業の積み重ねで成り立っている。

 

私の通っている施設では「検品」というプロセスが非常に重要視されていることを体感しております。

皮肉にも私自身、アルバイト時代からこの方この品質管理の原点とも言えるこの工程はいつも付きまとっていました。

ちなみにですね、私学生時代に2、3年くらいか某港湾の倉庫で「荷物の数を数える」という仕事をしていた経験がありまして。

このおかげというか「数を数える」仕事の重要性をそんじょそこらの方々(すみません口が悪くて)よりどれだけ大切かは理解じゃなくて身体で知っているつもりです。

数が欠けたらシャレにならん商売って結構多いですよ?

その辺はオトナな皆さまには多くはご説明いたしませんが、ここを知らない方々もそれはそれでいらっしゃるんじゃないかと。

 

今日、改めてですがその「数を数える工程」ということにも工夫があることを久しぶりに感じたんですね。忘れていただけなのかも知れないけど。

多くても少なくても問題なんです、基本的には。

だけど「多い場合はいい」という状況もある。これは標準を確認してさらに確認しなければならない。一見無駄みたいでしょ?

でもここが作業を自ら考えてする、ということの仕事感だと改めて感じたんです。

これ責任者が「多い分にはいいでしょ」って言い放ったらどうします?

検数者のミスでマイナスのカウント間違いをしていたら、それは「多い」ことにはならないかも知れないですよね。そうすると結果的にあれ?どうだっけ?みたいなことになるのは明白だから、およその人には無駄に見えるだろうカウントのし直しをする。

こういうことを考えてする。

 

久しぶりにとても気持ちよかったです。数を数えるということが。そういう作業が、というか仕事が。

 

私は偉そうなことは言いません。

数を数える仕事に誇りを持てることにまた気が付けた。

よかったです。

 

あー。心地よい疲労感。

ケンミンSHOW観てから寝るかな?

 

おやすみなさい。