精神的疾患と生活管理。

こんばんは。

 

実は先々週末から先週末に渡って、いつもの日常とはちょっと違うことが起きていました。

それは基本的にはとてもナイスなイベントではあった訳です。

 

ただ。

ストレスには、良いことも悪いことも?一様にストレスであることには変わりないそうで。

刺激、っつうんですかね。

 

私の障害は「双極性障害」と呼ばれるもので、いわゆる「うつ病」もそうですが、生活リズムへの配慮がとても重要であるようです。

 

私はこの足掛け4か月に渡って、リハビリに取り組んできました。

ウィークデイは施設に通い、出来るだけ早く床に入ることを心掛けていました。

去年の11月からほとんど欠かさなかった焼酎の晩酌も止めました。

 

でも、です。

とても「楽しい刺激」でも、ストレスはストレス。

残念なことに、乱調を引き起こしてしまいます。

年末年始なんかも結構気を使ったのですが、さすがに今回の楽しいイベントは若干無礼講気味の配慮をもらったのも、なんだか強度が強かったのかな。

だって先月もほぼ毎日、施設への通所を欠かさなかったというのに。

 

精神的疾患の難しいところは、自律的にコントロールできる能力の欠如じゃないかと、昨今強く感じています。

だから生活リズムに並々ならぬ配慮が必要だ、ということでしょう。

それは社会生活も含めてのことで。

 

そうでなければ精神障害が他の障害と並んで社会的に障害認定される道理がありません。

 

心神喪失」なんて極端な表現がありますが、アレだって「責任能力ないよね」って宣告な訳ですし。

 

だから客観的にコントロールしうるための規範が必要、ってことでもある。

それがまず、生活リズムということで。

 

なんだかすごく残念なことだけど私はこの度のことを体感して改めて「刺激を受ける生活」を避けなければならんのかなあ、と切に考えました。

こんな不便なこともないんだけど。

 

例えば、お酒もタバコも遊びも適当ならいいよね、って「普通」な感性があるとすれば、それは徹底的にレギュラー度を保たねばダメってことになるようなことです。

※だからそんなもん全部辞めてしまえ、という意見もありますけども。

 

私の場合、主に生活時間を管理することで結構いいところまで来ていただけに、結構ショックです。

 

楽しみも遠ざけないといけないのか?今の状態では。

そうかもね。実際自分でコントロールできてないってことの何よりの証明じゃないか、って。

 

ちょっと悲しいです。

 

でももう一度ちゃんと立ち上がるためには、少々つまんない生活であったって「お前、つまんなくなったな」って言われたって、無理が効かないことは承知して、淡々とこなしていくしかないのかな、って。

 

特に「双極性障害」の「躁状態」の難しさは、そのエネルギーのコントロールの出来なさに問題がある訳で、その過剰さ。

元気なだけならいいけれど、かならずその後落ち込んだりトラブルサムな状況が訪れる危険があるのだから。

 

私、思いました。

障害認定を受けたということは、決して障害を持っていない方々と全く同じ条件で活動可能な訳ではないということ。だから障害なんだから。

もちろん、ある一定の配慮と注意の元でいろいろな力を発揮できることはあるでしょう。

とは言え、自分が自覚する必要は少なくともあるということでしょうか。

 

そもそも人はみな、全く同じな訳ではありません。

いろんな特性を持っている訳で。でも、精神障害と呼ばれるタイプについては目に見えないが故、当事者の意識というのは相当に重要なことになってくるようではあります。そもそも見た目、わかんない訳だし。

※とはいえ、悪くすれば見るからに言動がおかしくなる事態もあるにはあるでしょうけれど。でもそれは緊急事態でもある訳で。

 

ともかく、より配慮するように心がけたいと感じた所存です。

楽しいことはもっと自分の管理がストリクトリーにできるような手法を身に着けてからが妥当かと思いました。

 

てな訳で、しばらく楽しげな会合などにはあまり顔を出さない可能性が強いです。あと半年、いや一年くらいかなあ。

 

ごめんね。

 

以上です。