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精神科デイケアというものの基本的な立場、あと「WRAP」について真剣に考えてみる。

こんばんは。

 

この2月は本当はあと1日来れば「本当の皆勤賞」でした。

確か2月1日、前週末にイレギュラーな出来事があって本当に調子悪くて出られなかったような。。

まあ、用事がある半休以外は全部通所しました。とりあえずそれはバロメーター。

そしてようやく明日から本格的に通所という扱いになります。

体験通所が3か月というのが「長いなあ」と思ってたのですが、そもそも通える状態なのかを見極めるのにそれくらい欲しいということだというのが判りました。気ばかり焦る人も多いでしょうねえ。私みたいに。

 

さて、今日ちょっとした機会で改めて私の通っているデイケアの在り方についての説明(視察された方向けの)を聞く機会がありまして。

で、表題のことです。

最初私はこのブログを始めるにあたって「精神科デイケアってなんじゃらなあ?」みたいなノリだったかと思います。

でも振り返ってみると「診療計画」なるものを提出したのですね。

 

結論ですが「精神科デイケアに通所する」ということは「医療行為」ということです。

もちょっと言えばコレは「福祉施設」ではなくて「医療施設」であるとも言えます。

 

当初私はよく内容について理解できませんでした。はっきり言って。

スポーツやったり陶芸やったりエトセトラ。なんなのよ。精神弱ってる人(ここも私の認識ちょっと間違ってます)向けのアレ?お年寄りとかのデイサービスみたいな?くらいに思ってました。そういう類いのプログラムについては。

でもね。体験して感じたのは、トレーニングなのね。

で、デイケアってのは医療行為ってことはこれらの各プログラムについて「裏を取ってる」ってことになる訳ですね。

だからリワークの方も各種疾患のデイケアの方も、取るプログラムが個別にカスタマイズされています。

フリースタイルで毎日出席しているデイケア通所者は私しかいないみたいなので(笑)

それは何でかというと私の目的が「毎日同じ時間に拘束されること」だからに他なりませんが。

来月から本当の通所が始まります。

何を意味するかというと「心理教育」を始めとした、病気のコントロールモードに入るということです。これまではウォーミングアップだった訳ですね。それでもかなりな発見と改善があったとは思います。

 

そしてもう一つ表題に挙げている以前から言及している「WRAP(元気回復行動プラン)」です。

その前にちょっと横道にそれますが、いわゆる心理カウンセリングというものは医療行為に属さないみたいなんですよね。判りやすい差は「保険がきかない」ところ。病院やクリニックに併設されていたりしますがそういう扱いです。

あんまり情報出しちゃいかんのでアレなんだけど私が通所している場所にはいわゆる臨床心理士は常在してないですし。なんかカウンセラーも制度変わるみたいな話もちらっと聞いたことはありますが、その辺はこのの本題ではないので置いときます。

【訂正】

臨床心理士が常在していない、と書きましたが誤りでした。

精神科デイケアには法律で看護師、作業療法士臨床心理士社会福祉系の方が何名とかって法律で定められているそうです。 

 

で、WRAP。

いや、ほんと、ちゃんと取り組んでみようかと思ってですね。ファシリテーターの方にお話しとか聞くと判らん事だらけになっちまってもー。みたいな。

 

でもですね。

その創始者の方であるところのメアリー エレン コープランドさんのエッセイを読んでちょっと愕然としまして。

wrap-jp.net

ものすげーかいつまんで言うと、そのお母さまは1940~50年代に「躁うつ病」と診断されて8年にわたる入院を経て、結局「自力で回復した」という話です。

まず時代を考えてみるとそれがいかに壮絶だったろうかが想像できます。

だってまだ薬ないんだもん。そして精神病院の蛸部屋へ押し込まれて、ですよ。どんだけよ。

で、娘さんが調査に乗り出す訳ね。

「良くなってる人にはなんか傾向があるに違いない」と。

したら、どうもそういう傾向があるらしいと。

医学で言えば「疫学的調査」なんだろうけど、それともちょっと違う、というのかなあ。

 

ともかく私が興味を抱いたのは

・罹患者当事者によるメソッドであるところ

・上からでもお仕着せでもないところ

・結局「自分」でしかない、という潔いいところ。

 

ここでした。

 

なんだかファシリテーターさんの話を聞くと、心もとない点もたくさんあったりする事実もあるんですが。

例えば

・そもそもそういう人(当事者)達って権威を嫌うところがあるから、特定の標準化基準が少なくとも日本にはないです。(え?って思ったね)

・で、組織化されてないが故、勝手連的な動きが多くてむしろ首都圏近郊にはコミュニティがないです。(え?)

・いちおう研修を受けることがファシリテーターのエンタイトルになってるんですが、それすらない人もいるようです(え?え?)

・日本での発祥は久留米の方の大学で、地方にはコミュニティが多数存在するようです(えーーー!!)

 

なんだこれ、すごく関わりにくいじゃん。

でも考えました。

これって結局いわゆる「自助グループ」に近い発想で運営されているのね。と。

でも、本気で自力で「元気な自分を回復する行動を(精査して)計画するのね」と理解しました。※俺だったらもっとイカした訳語当てたいぜ!とも思いますけど。あ、だから首都圏は「一匹狼」が多いのか?

 

ともかく。

これはビジネスというか、仕事にはならんな、とは今のところ思いました。

でもね。最近、「意志あるとこにはなんとやら」と思う自分もいるんです。

このWRAPでも重要なことは「自分の人生のハンドルは自分が握ること」なんですよね。

病気や障害もリソースだと考えれば、それを持ってるものにしかできないこともあるんじゃ、と思うんです。

 

最近、考えます。今後の仕事についてとか。

 

最近の人間は文明の発達による医療技術の進化によって、ほっといても(いや、ほっといちゃ厳しいか)80歳くらいまでは生きるという算段で動いています。

いや、動くったって動かなくなったりするから介護とか福祉とかさ、あるんだよね。でもそれをビジネスー、とか仕事ー、とかって枠でとらえるのもちょっと違うような気がしている昨今。

 

私の書いているブログの内容ってのは多分時系列でつながっているようだ、と最近感じるのですが、どうでしょうか。悩みも発見も決意も含めて。

 

私のこれから行く道行はまだまだ不明瞭ですが、私、齢50を目前に一つ区切り、チャンスをもらったものとして熟考したい所存であります。

 

なんか中途半端な締めになりましたが、、

今日は以上です。