読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

書道、型、パターン認識、サチモスとか、その先の宇宙。

ども。最近連投ですが、それはオクサンが今週不在のせいもあるかも。

 

「美文字」という名の元に硬筆習字(ペン習字。「日ペンの美子ちゃんとかなつかしす)に取り組んでおります。

実は私、社交不安障害(SAD)と呼ばれるものから由来して時折書痙(手が震えて文字が書けなくなる状態)が発生することから、もう訓練という気持ちで始めました。

文字を書くこと自体がコントロール不全を起こしているせいもあり、最初筆圧とかガチガチで終わるころにはヘトヘトでしたが、今週なんかはちょっと姿勢に気を付けて躊躇せず書くように心がけただけでアラ不思議。全然感覚が違うのよオクサン。

 

で、もう今更言うまでもなく型を練習すると身体に身についてくる訳です。じわじわと。

 

ペン字の練習てのはマスが画いてある中に点線で十字が引いてあって、その中に字を書いたりするのですが、ここでまさに「パターン認識」っつう言葉を思い至った訳です。

パターン認識 - Wikipedia

もうこの一言だけで各領域で様々な論文等がひしめいていると思われますが、簡単に言うと上記Wikipediaのリンクの説明のようなことですね。主に情報工学、心理学、博物学なんかにも多くありそうです。

 

狭義な例ですが、例えばこの曲を聴いて何かの要素を取り出そうとするときにもそういうことが働く訳です。

www.youtube.com

 

で、持ってる情報の偏りよってバイアスがかかるという例がこちらの記事(笑)

kai-you.hatenablog.com

 

あるデータ群から一定の「型」を抜き出してどうこうするという、ざっくりいうとそういう事だと。

余談になりますが(全部っちゃあ全部ですがw)、こういう領域は工学的にはどんどん機械に取って代わられるという方向もありますね。

結果は何を意味するかというと、「人間のやる単純作業が減る→消滅する職業が増える」。

 

ただこれ、人間が普通に日常生活をしていく中でもかなり重要な要素だとも言えまして。

人はどういう形にせよ日常生活という「型」に合わせて生きている訳ですから。

 

私、最近は随分ご無沙汰してますがもともと楽器を触ってまして、で、型っていうの比較的苦手意識があったんですけど皮肉なことに手にした楽器がベースギター。

これってホント、パターン認識を試されるというか鍛えられる道具な訳です。

そこで私は好む好まざるに関わらず、そういう感性が磨かれてしまった。

でもとても残念なことに30歳前後にそれまで習慣的に演奏してきたベースを弾く機会がバンド解散に伴って激減することになり、実はそこから身体への変調が始まったという事実があります。

 

なんというか相変わらず素人解釈になりますがパターンとリズムって言葉って、セグメントや座標が異なるけど「規則性」ということでは一致していて。

 

そんなこと考えてると、私思うんです。

法則、て言うじゃないですか。

伊達にあるんじゃないよな、と思うんです。

 

その法則を知った上で、横紙を破るような新たな法則を見つけようとするのが学問や芸術の領域なのかなとかも思ったり。

 

パターン、様式を回顧することの大切さを改めてペン字や陶芸を通じて体感する次第です。

「あえて」何かを習うのは、時々生きる力をつけるヒントになるのだな。

 

これはごく個人的な意見ですが、皆さん、普通に文字書いてると思うでしょ?大体間違ってるみたいですよ。

それがダメってことじゃなくて、本来「なぜそうなってるのか」を知るとパターンってのが見えてくるようです。

間違ってることなんて何もない、んだけど、不都合なことが起きるとき、どうしたらいいのか?

宇宙の摂理ってのは、そのヒントくらいは用意してくれているようです。

 

以上。