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「ビン底メガネ」な自分の傾向と、陶芸の落とし穴。

ども。物凄い疲れてます。

理由はタイトルの後半に関係します。

 

先週担当面談を受けましたがいつもこれと言ってどうということはなく、基本的には私の方からスケジュールに沿った状態の説明や、心理学的指導をあまり受けていないにも関わらず勝手な自己分析を報告するコーナーとなっております。

 

で、最近実感する自分の傾向です。

1、ある種の閉鎖関係(特に目的のある場、環境)の中では、饒舌になる傾向がある。発言過多、過活動。若干躁傾向。

2、個人に課せられた課題(こと単純化された具体的作業)において、過度に集中しすぎる傾向がある。周りが見えなくなる。周囲の状況にバランスよく対応できていない。

3、対人配慮に関して著しい想像力の欠如あるいは過剰反応がみられる。

先述の1の反面、フリースペースやフリータイム状態での社交的関係にアクセスするのが「どうしていいかわかんない」状態の時が往々にして発生している。もういっそ無視してたりとか。それでも利害関係すら発生しなければ動じなくなったりしてるから困ったもんだみん。

4、上記3点も踏まえた上で、いわゆるアスペルガー症候群に似た「的な」器質が見受けられる。

 

以上のような感じ。

 

タイトルに「ビン底メガネ」って書きました。

イメージは、目が悪くもないのに眼鏡をかけたときのあの距離感の取れなさ。

自分のコントロールが効かない、社会関係が円滑に行かない、その距離感の取れなさをイメージしていただければと思いまして。

 

1について。

いわゆる打ち合わせ、ミーティング、会議、セッション、ワーク、言い方や形式は何でもいいのですが、そういう目的主義的な場での発言とかについては昔からあんまり躊躇はない、と感じていました。でなければ演劇やったりバンドやったりなんてないよね。考えてみりゃ。

で、大体一般的にはそういう場での主張とか発言てためらわれる方の方が多いと思うので、気を付けないと「悪目立ち」しそうな場合もあります。

 

2について。

昔からそう。勉強や仕事の場で「コレやっとけ」って言われると「コレ」ばっかりに集中しちゃって、包括的に捉えられない傾向はあった。これは大人になってから昔からのダチにも指摘された。「お前、計画立てられないじゃん」。愕然としましたが、そういうことでしょう。

ただ、単機能の単純作業の効率化とかは反面得意なのかも知れません。「マシン」のようにベースを弾くとか(笑)。ただ一般的な取り組み方よりは疲労度は相当なもので。これは陶芸に関連してきます。

 

3について。

これがねー。ここが一番精神疾患精神疾患たる所以なのかもしれません。

わかんないのよ、多分。とはいえ思い出してみるに中学生の昼休みくらいからそんなもんだった気がするし。

わかんないのよ。例えば中学生の時昼飯食い終わったらサッカーやろうぜ!みたいな時には俄然張り切った記憶がある一方で、何にも無けりゃ図書室や音楽室行って一人で遊んでたから。

 

4について。

これはですね。かつてドクターが診断書で盛った一言に「性格的な所見にとどまるがアスペルガー的傾向がある」みたいなことが書いてあって「どっちやねん!」と心の中で激しく突っ込みました(笑)。いわゆる障害として診断を下すレベルではないけれどもというニュアンス、ということでしょうが。

 

という訳で。

先に言っておきますがいわゆる「精神疾患」という診断が下っちゃったとして、それは自分にも他人にも目には見えません。

せいぜい社会生活を送る上でなんだか言動がおかしい、くらいの現象面で、それが「社会生活に著しく支障をきたす場合」に病気ってことになるんだと私自身は受け止めています。

だから程度の差とか種類?の差とかもあるだろうし、元からそういう因子があった場合や途中で発症する場合もあるのでしょう。

 

アスペの話をしたんで、ついでにその関連で発達障害系のこと、それに準じるというか(厳密には違うと思いますが)、自閉症スペクトラムに括られる状態のこともお話しします。

 

一般的には「仕事してて鬱を発症しました」という切っ掛けから始まったとしても、そういった傾向がみられることは珍しくないことのようです。

 

だから知識として判っているつもりでも、対応するには素人判断が難しい一面なのかも知れません。

具合が悪いことについて、或いは自分は具合悪くないと思っていても周囲に都合が悪い場合について、それが仮に「病気」のなせる状態なのだとするのであれば服薬も大事、食事も大事、生活習慣やリズムも大事、認知の歪みを修正するのも大事、etc、ってのはもうトレーニングを経て本人の病識の上に本人が乗り越える意思を獲得していく過程でやってくしかない、とも言えそうで。

具体的な話なんですが、自分も含めて私の目にした双極性障害の人ってのは何かというと「持論」を持っていたりします。大体において自己都合の言い訳であるケースが多いですが、それも含めて病気のなせる業かもしれんです。

だから専門家の管理下でトレーニングをすることが有効で、それだけナイーブなものなのな、と最近は強く感じます。

 

で、唐突ですが陶芸。

上記「自分の傾向」の中にあった2をひたすらやっておった訳です。

そりゃ、疲れます。

でも容易には変えられない。

とは言え、何でこんなに異常に疲れるのか自分で原因が分かっただけ進歩としたいと思います。

あと、ペン習字も疲れるんだわー。

しょうがない、訓練だから。と思っていたけども、これに疲れない工夫をするのもまた訓練の一つなんですね。

 

んなわけで、以上。