読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

一番大切なのはリズム、のはずなのにそれが一番難しい。そして「コミュニケーション」という難関。

先週の前半くらいから、「妙な腹痛」あたりから全体的に乱調であります。

双極性障害の乱調というのはたぶん、単純にダウナーなだけじゃないところが判りにくいというか面倒くさいのだと、最近とみに感じております。

例えば双極性障害における躁状態というのは、ぶっちゃけ本人的には不調と受け止められ「にくい」です。

実は今日、服薬関連のプログラムがあって(相変わらずプログラム内での他の方のトピックは言及できません。自分のことなので申し上げます)スタッフさんに「躁状態ってお薬では実感が判りづらいんですよね」って言ったら、ざっくり言うと「生活の上での気分記録ですよね」って言われて。

でも実はこれ、毎日の記録を習慣的につけるってのが相当難関で。もちろん人にもよると思いますけども。

要するに記録していくことで傾向を探るということもあると思いますし、単純に習慣化すること(生活リズムの一部にすること)に意味があるということとも思います。

ときに精神、神経疾患について「甘えとる。たるんどる。」という印象を与えがちかと思います、うん。実際。

でも、これが難しくなるというのがね。

うちのオクサンいわく「そりゃあんた、簡単にいうと脳の誤作動だもの。あんただって、相当おかしな理屈にならないこと言ってることがあるよ」って。

今んとこ、この感想が一番わかりやすい。

脳(ざっくり言うと)の誤作動によって、コントロールが難しくなっている状態→これを病気と看做す。

個人的な実感としては「出来ていたことが、出来なくなってる。これって病気のせい?」っていう漠然とした感じ。

相変わらず詳しくは言えませんが、精神疾患の領域には重いも軽いもシチュエーションで不都合が起きるも含めて、色々なタイプがあると思います。

でも、不都合が生じているから、例えば私のようにそういう施設でリハビリをしましょうというのは実は横一線に並んでいる状況なのかとも思います。

リハビリって、生活を取り戻すためのリハビリですからね。

「自分はそれほど悪くない」と感じる人も「自分は病気だからどうにもたまらん」という人も。いるんです。同じ場所に。例えばね。

在職しつつ復職を目指す方でも「なんでそうなったか」とか洗い出しが必要だったり、結構大変だと思います。

そうでない場合も。社会とのかかわり方とか洗いなおす必要がある場合もあるでしょう。

で、私。

たぶん、その中間地点でどっちの立場も「わかるわー」って感じでおります。

もともと出来ないぞ、って方の気持ち。出来てたことがなんで出来なくなった?って方の気持ち。

この棚卸をする作業、であります。

そしてこれがそれぞれにたぶんですが「結構しんどい」んじゃないかな。そのポイントも人それぞれだろうし。

私も、自分で消化できないことってすでに起こって来ていると思います。

それこそ施設のスタッフの方々はプロフェッショナルなので、がっちり観察されてるんだろうなー、とか思うとそれはそれで戦々恐々としますが。

まあ、それも一種病的な反応ですけれど。。

明日も、がんばります。あえて。